解剖にも種類がある

臨場という作品において表現された検視官という存在、彼らの指摘一つで死体に事件性が有るかどうかの判断が委ねられており、それが時に誤った決断や周囲の状況などによっては表沙汰にならないこともあるが、警察組織としてみればかなり重要な仕事となっている。そもそもどうして事件性を見出さなければならないのかというと、そこに根付いているのは何と言っても『民事不介入』という言葉が障害となっているからだ。民事による事件の場合、警察は介入は許されていない。例え死体が発見されてもそこから事件性が読み取れないと判断できた場合にはあらゆる意味で身動きがとれなくなってしまう。ドラマなどではここから勝手に捜査を展開するといった奇想天外すぎる行動を起こすといったのがお決まりのパターンだが、現実世界で命令を無視した越権行為をすればたちまち社会的な地位が剥奪されてしまう。

検視官という存在が手がかりとなり、その後の事件として展開していけるかどうかという目利きも検視官という警察官に課せられた重要な職務となっている。そしてそんな検視官の指摘を元にした捜査方針に従って医師などが司法解剖するわけだが、経験不足な医師が担当してしまったら事件性はないものと判断されてしまっても、結局何も出来なくなってしまうという。

こうした体制では見抜ける事態も見過ごしてしまうという危機感を覚えてしまう、ただ司法解剖という手段は基本的に裁判所の許可証がなければ実行することが出来ない。遺族には儀礼的な面で了解を取る必要があるわけだが、それでも司法解剖を許可できないと言われてしまったら警察としても何とか交渉に交渉を重ねなければならない。事件性があるのに事件として扱われない、それを防ぐためという意味で解剖にはまた手段が残されている。それは『行政解剖』という、監察医が専属で執刀する解剖のことだ。

許可がなくても執行できる

行政解剖とは司法解剖と異なる解剖だ、どのへんが違うのかというと基本的に何かしらの許可や承諾といった物を必要としないで死体を解剖できることだ。基本は監察医が行うのが通例だが、中には監察医ではない人間が行政解剖を行うこともあるが、大半の例では監察医だけが担当するものと思っていいだろう。

司法解剖と異なる部分としては、事件性がはっきりとした死体ではない、事故死などによる死体に用いられるものだ、死因を救命するという意味では同じだ、またこれが先ほど紹介した『公衆衛生上の点』という物を考慮したというものに繋がり、それがいわゆるここで紹介している行政解剖へと繋がるわけだ。死因をはっきりさせるという意味では大きく違わないが、はっきりと事件性が感じられない場合には刑事事件という枠組みで、捜査対象となるような公的な意味をはっきりと内包しているわけではない。

もちろん国が行うものであるため厳密に言えば公的権力が関係しているが、司法解剖のような事件解決を目的とした意味は含まれていない。

監察医という問題

行政解剖を行う監察医の存在、これが先ほど紹介した監察医を全国に配置して、積極的に死体を調べられるように取り組んいく必要があると、そう訴えられている声に繋がっていく。司法解剖ではどうしても許可などが必要になる、特に遺族という障害が高ければ高いほど法的効力が及ばない領域において死体を見聞できないまま、事件性はなかったと判断を下すしか無い。それに対して事件性はなくても死因を究明するため、行われる行政解剖も全国でわずか五ヶ所しか無い。年間発生している死体の数を考えれば当たり前と言っていいほどに絶対数的な数が足りていない。

それを今のまま放置し続けている現実という意味でも、日本が抱えている問題は経済ばかりではないというのも見えてくる。

行政解剖と承諾解剖

5ヶ所の監察医が配属されている都市部においては、監察医の権限の元行政解剖を行う場合には余程の解剖を行わない限りは無条件で解剖をするために段取りを進められる。一方で監察医がいない大半の地域ではどのような仕組みが構築されているのかというと、行政解剖とは名乗らずに『承諾解剖』という手段が採用されている。読んで字の如く、これは死体に遺族がいる場合にはキチンと承諾を得てから解剖しなければならない、許可されていない死体の解剖については一切認められていないため、そういった部分でも死因の究明と民事という壁に苛まれてしまったら、それまでとなる。

中にはきちんと許可することもあるが、その場合にはきちんとした結末を迎えられているという。ここで遺族が頑なに死体を解剖することは反対だとする意見を出してしまったら、検案という総合的に判断される死体だけでは、誤診を招きかねない恐れが出てきてしまう。だからこその解剖が必要といわれているのだが、やはりそういう意味でも現状日本のシステムが未だ循環的なサイクルを刻めていない証拠となっている。色々な意味でこうした問題点を多く抱えている事を考える必要もあるが、中にはもっと酷い事例も確認されている。

監察医として未経験

問題となっているのは実際に監察医が配置されている都市で監察医がきちんと機能しているのかというと、ほとんどが実際に機能していないという事実も露呈している。特に横浜と名古屋などは制度そのものが形骸化してしまい、そもそも行政解剖をしたことがないというケースも有るという。これでは一体何のために制度を作ったのかと分からなくなってしまう。これはこれでまた別の問題となっているが、見なおさなければならない点はいくらでも出てきている。

ドラマ『臨場』から考える、日本の検死事情