法医学者の存在

日本と海外の大きな違い

司法解剖をするにしても検視官がきちんと仕事をしても解剖する医師が未熟なら事件はなかったと片付けられてしまい、行政解剖については全国規模で数が足りていない上にほとんどまともな活動事例が挙げられていないなどという問題も浮かび上がっていることを考慮しても、日本のこうしたシステムが歪なほどに統一化されていないことがよく分かる。こうした日本に対して、海外においては例え事件性が感じられなくても、死因を解明するために様々な研究機関が存在している。そしてそんな研究機関で働く人々を育成していく施設も存在しているが、日本でそんな少し変わったような機関は存在していない。先進国などと言われている日本だが、こうした死体に対する扱いにしても、業界として人材不足が懸念されているくらい問題視されているほど、業界全体が萎縮されてしまっている事実をどう緩和すればいいのかという由々しき問題も浮上してくる。

日本は先進国と言われながら、死体の解剖率は11%前後しか無いという、つまり9割近い人々は死因すら解明されずに事故死などと認定されてしまい、本当に殺されたにも関わらず誰にも気づかれることなく抹消されてしまうというのだからやるせない。解明できていないという事実もそうだが、更に深刻なのは行政解剖を始めとした解剖を行える医学者たちも少ないという問題も出てくる。特に医師として司法解剖や行政解剖を行う人数も絶対数が足りず、解剖機関として正式な業務として実行している人は日本人口に対していえば、1割にも満たないような人数、それも10人程度しか専門的に解剖を行っている人はいないという。

システムとしての中身もそうだが、そもそもそうしたシステムを円滑に動かすために必要な人材そのものが不足している事実は早急に何とかしなければならない。では現状の日本ではそうした人材不足をどのように解消しているのかというと、大半の医師が法医学に携わっている人間によって司法解剖にしても、行政解剖にしても執り行われている。

さて、ここで初めて出てきた法医学というものについて少し考察をしていこう。

法医学とは

そもそも法医学とは何なのかから説明していくと、一般的な定義としては『医学的解明助言を必要とする法律上の案件、事項について、科学的で、公正な医学的判断を下すことによって、個人の基本的人権の擁護、社会の安全、福祉の維持に寄与することを目的としている医学』となっている。そんな法医学に携わっている人々のことを『法医学者』と呼んでいる。こうしてみると医師免許を持っていなければ法医学者になれないのかというと思うところだが、司法解剖という業務を請け負う場合には必要になるがそうでない場合では医師免許を持っていなくてもなれる。そのため法医学者だからといって治療を行う人たちのことを指しているのではなく、法的見解から人々の安全を守るために医学はどうしたらいいのかを考えていく人々のことを指している。

この法医学は検視官という立場にも決して関係ない話ではない。また現状解剖を行うことが出来る医師が不足しているという事実を見てもらえれば分かる通り、大半の法医学者は医師免許を持って司法解剖などに取り組んでいることが理解できると思う。一方で行政解剖という側面からしても、監察医がいない地域以外では準じた立場の人間が解剖を行うと言われているのは、彼らのことも指しているのだろうと窺い知れる。

ただ法医学者いうのもそうだが、結局のところ司法解剖を行うにしても検視官の初動捜査で異状死と判断されなければ行えない、行政解剖を行うことが出来ない地域において承諾解剖を行う場合には遺族の承諾を必要といったような事も壁となっている。ここまで見てきただけでも幾つもの障害が立ちふさがっているのがこの業界の現状なのだろう。それだけ切迫しているとも言えるのだが、やはり苦々しいかは、事件性があったとしても見逃されてしまうという事実が有るということだ。

法医学者も不足しているという

法医学者も医師免許を持っているのであれば解剖に協力するが、やはり彼らとしても主軸として置いているのはあくまで法律的観点から考えた医学というものだろう。中には医師免許を持っていない学術的な立場のものもいるため、一見安泰していると勘違いしてしまいそうな部分だろう。現に、青森県では県内にいた唯一解剖を行うことが出来る准教授が所属していた大学を退任してしまうという事態に遭遇している。これは2015年3月末に退任してしまうため、青森県としては今後は近隣の岩手県や秋田県などに在籍している法医学者に依頼することになるという。

これだけでも青森県では司法解剖をするための手間と段取りが遅れてしまうという恐れが出てきてしまう。隣県とはいえ、時間的なことを考えれば早いほうが良い所を時間がロスしてしまう事実は見過ごせない。人手不足は何も解剖をする専門家を全国的に設置した方がいいという監察医の存在もそうだが、監察医の用意どころの話ではない。ここまで来ているのかと、そんな緊迫した状況が常に継続しているという印象を持ってしまう。

解剖するにしてもこれから先どれくらいの手間と時間を要さなければならないのか、あらゆる問題が日本の医学、そして警察組織にも多大な影響を与えかねない現実が立ちふさがっている。

ドラマ『臨場』から考える、日本の検死事情